ひょんなことで、あるテレビ局のディレクターさんと飲むことになった。いろんな話をしたけれど、やはりテレビの影響力が落ちていると感じると話をしていた。確かにそうなるだろうとずっと言われてきたけれども、今年は特にそれを自分でも実感し始めている。
まず、いろいろな人が同じようなことを言っていたのが、「今年流行した歌」が思いつかない。今年流行したものもわからないし、あえて言えば尖閣問題と海老蔵さん問題くらい。でもこれはトレンドではない。
テレビ局はいろいろといわれるが、給料がいいというのもあるけれど、やはりやっている人たちはなんだかんだでとても真面目で、ジャーナリズムとして日本を引っ張っていく責任感とやりがいがあるからハードワークも続けられるという話であった。しかしテレビ局のディレクターも15年以上続けてきて、ずっと突っ走ってきたけれど、疲れたしここいらで一息置きたいという話をしていた。
とても有名で好きな番組なので、一息置かれてしまうのは残念すぎるのだが、でも気持ちはとてもよくわかる。マスメディアは、確実にその影響力を失っている。
また、今日以下のような記事を見つけた。
若者は夢がないというけれども、本当にそうだろうか、という話である。単に多様化して言っているだけなのではないか、と。人と人がソーシャルメディアで直接つながる社会が訪れたおかげで、今までメディアを通して行われていたフィルタリングがなくなり、本当になりたい職業に一直線に迎えるようになっただけではないかと。
たしかに昔であれば、男の子は野球選手かサッカー選手、女の子はケーキ屋さんみたいなのが小学生の夢だった。でもこれは、明らかにテレビの影響だし、野球中継がなくなればなりたい人の数も減る。今は公務員が一番人気だそうだ。ちょっと前は小学生の女の子のなりたい職業1位がキャバ嬢という時期もあった。世も末だと思ったが、これがテレビメディアの作り出した虚像そのものの影響だったのだろう。その時期なぜか雑誌やテレビでキャバ嬢がもてはやされていたが、確かに飲むだけで月収何百万円も稼げるのであれば、この不況の時代には魅力に映るかもしれない。
ちなみにたくさんの労働力が提供されれば、一人当たりの単価も下がるわけで、さらにキャバクラも最近大不況でパイも減り、なんと時給千円のキャバクラまで表れたらしい。ということで、すでに人気はなくなり生活は苦しくキャバ嬢の労働組合までできているというのだから、なんだか皮肉である。体を売っても、稼げない時代なのである。しかし最後の頼みの綱)(?)の公務員さえももうすぐ破たんするのは目に見えている。
しかしこれらの現象は、夢がなくなったのではなくて、夢が多様化したのではないだろうかという話である。これにはとても同意する。ネットメディアが発達し、社会全体の意見ではなくて、本当に自分の聞きたい、知りたい人から、直接情報を仕入れられる社会になった以上、メディアが作り出した偉人のような人は減り、本人の興味をネットの情報が増幅したのちにたどりついた人こそが、本人にとっての偉人なのであろう。一方で既存メディアが示してきた情報は現代にそぐわなくなり、それを信じていてももう自分たちの未来を保障することはない事が明らかになりつつあるので、誰も信じないし、腑に落ちない情報となっているのだろう。
実は、このように社会で何が流行しているのかをひたすら気にしてきた、そういった現象が減衰しているのは、ネットでも起きているのではないかと感じている。今年流行したITトレンドといえばクーポン系のサービスかもしれないが、それらは人々の生活様式を根本から変えてしまうようなサービスとは思えない。携帯SNSやゲームもそうである。流行というよりはインフラとして便利だから利用しているのであって、おそらく、なんとなくみんな利用しているからYahooを使い、なんかかっこいいからGoogleで検索するような時代は、もうすぐ終わりを迎えるのかもしれない。
それではこれからは何がトレンドとなるのか?おそらくそれは、より「本質的」なことだろう。本質的な価値を追求し、人間であれば精神的な価値を追求することにより人生の比重が置かれる可能性が高い。流行に左右されないなら、人間は本質を追うだろう。例えば食べていくためにもっとも有利なポジションは何かと考えれば、本質的には農業かもしれないし、それならお金などなくても生きて行ける。精神的な価値を追求すれば、家族と共に過ごし、友人と楽しく飲み明かしたり、人によっては自分の限界を探す旅に出るかもしれない。
何のことはない、これって日本が何千年も続けてきた事に、回帰するだけだ。でも当たり前といえば当たり前かもしれない。でもどうせなら、ここ50年で表れた新しいテクノロジーと融合した、新江戸時代が訪れたらより楽しそう。
というわけでこれからのトレンドは、「新・江戸」かも。